妊娠が分かる前から、眠気が酷く、仕事がままならなかったので、おかしいなと思い妊娠検査薬で調べました。

陽性になったので、産婦人科に行って妊娠2ヶ月であることが分かりました。

そのとき先生からは、「つわりでこれから食べられなくなるかもしれんけど、お母さんが生きている限りは赤ちゃんも
元気にしてるから大丈夫だよ」と安心させてくれるお言葉を頂きました。

それからどんどんつわりが酷くなり、吐き気や下痢もありました。
最初のほうは、食事も少しは摂れていたのですが、どんどん食欲もなくなっていきました。
妊婦さん特有の匂いによっても吐き気をもよおすようになっていきました。

とくにつわりのピークだったのが、妊娠4ヶ月頃です。

栄養はあまり気にせず、食べれるものを食べるようにしており、ゼリーや雑炊などを食べていました。
でも2,3分経つとトイレに走って戻してしまっていたのです。
その頃は、本当にトイレと友だちになっていました。

寝ているときも吐き気がもよおしてきて、もどしてしまうのでベッドの上には洗面器を常に置いていました。
もう吐いても出てくるものはないのに、吐き気が酷いので、吐きたいと叫びながら、夫に背中をさすってもらっていました。

その頃は、なんで妊娠してしまったのだろうと思うことが何度もありました。

通勤の電車も長い時間は乗れなくなってしまって、仕事にも行けそうになくなってきたので、退職することにしました。
家にいてもほとんど寝ており、夫が帰ってくるまでに夫の分の食事を準備するので精一杯でした。
出来ない日は、何か買い物をしてきてもらっていました。

そんなこんなで体調が悪い日が続いていましたが、結婚式を妊娠6ヶ月の頃にあげる予定になっていたので、フラフラになりながら、結婚式の打ち合わせに行ったりしていたこともありました。

一生に一回のことのはずなのに、話し合いに集中できるわけもなく、プランナーさんにもお気遣いいただいて、休憩しながら無事結婚式をあげることもできました。

結婚式の日に、ちょうどお腹の子どもが私のお腹を蹴り出し、胎動を感じることができたのは、今でも忘れられません。

結婚式を終えてからは、食事も少しずつ食べれるようになり、7ヶ月を過ぎると普通に生活できるようになっていました。

金銭的にも余裕がなかったので、9ヶ月になるまでパートで働くことにしました。
通勤は少ししんどかったですが、無事に8ヶ月頃までは勤務することができましたが、お腹の張りがつよくなってきたため、産婦人科を受診したところ、切迫早産の恐れがあるので、入院してくださいと言われました。

まさかのパート先も辞めることになり、1ヶ月近くの入院を経て退院することになりました。
24時間の点滴とベッド上安静はしんどかったですが、家に帰って最後のマタニティライフを1週間楽しむことが出来ました。

1週間後には、陣痛が始まりまた入院になりましたが、初めての子どもなのに思ったよりも早い10時間で無事に産まれてくれました。

今までに味わったことのない痛みでしたが、実の母と夫が立ち会ってくれ、無事に乗り切ることが出来ました。
つわりは酷かったですが、今は娘と毎日過ごすのが精一杯で、そんなこと忘れてしまいました。
女の人って強いなーって日々思います。